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フェデラーを超える109回の優勝。歴代最多記録が生まれた日

2021.10.22|20:30|投稿者: THE TENNIS DAILY
フェデラーを超える109回の優勝。歴代最多記録が生まれた日

今から32年前の10月22日、テニス界のレジェンドであるジミー・コナーズ(アメリカ)が、歴代最多となる109回目の優勝を飾った。その試合とコナーズの経歴を米テニスメディア Tennis.comが紹介している。

かつて「1週間開催の大会の場合、どの曜日が自分の最終日となれば満足か?」と尋ねられた何人かのプロテニス選手の中で、最も多い答えは金曜日、つまり準々決勝進出だった。だが、同じ質問に対してコナーズはトレードマークのカウンターパンチでこう答えた。「僕にとって唯一重要な曜日はいつだと思っているんだい?」その答えは当然、決勝のある日曜日だ。オープン化以降、コナーズほど多くのシングルス決勝を戦った男はいない。1989年10月22日の日曜日、テルアビブの大会でコナーズは109回目のシングルスタイトル獲得を目指し、164回目の決勝に臨んだ。


数あるテニス選手の中でも、コナーズのキャリアは特筆すべきものだ。10代で初優勝を果たし、30代後半になってもタイトルを獲得していた。最初の栄冠は1972年1月、フロリダ州ジャクソンビルで行われた決勝で、当時19歳だったコナーズはベテランのアメリカ人選手、Clark Graebnerを破った。同年コナーズはさらに5つの大会で優勝するという快挙を達成。その後さらにペースを上げ、1973年には11回、1974年には15回、1976年には12回、1978年には10回と、タイトル獲得数が2桁になる年も珍しくなかった。


1983年、コナーズは一番好きな大会である「全米オープン」決勝でイワン・レンドル(アメリカ)を4セットで破って、記念すべき100回目の優勝を果たす。32歳になった翌1984年には5つのタイトルを獲得したが、5つ目のトロフィーは10月の東京で掲げた。この時もコナーズは決勝でレンドルを破っており、通算優勝回数を105に伸ばしている。


ところが、それからの3年間は不振に陥る。1985年から1987年にかけて、コナーズはトップ10入りを維持したものの、決勝には9回進出してすべて準優勝。1988年に入ってもミラノとキービスケーンの決勝で涙を呑んだが、同年3度目の決勝進出となった7月のワシントンD.C.大会でようやく優勝トロフィーを再び掲げることができた。ついに長いトンネルを抜けたコナーズは、3ヶ月後のトゥールーズでもタイトルを手にする。


翌年、37歳となったコナーズは、トゥールーズ大会で最強のライバル、ジョン・マッケンロー(アメリカ)を6-3、6-3で破って連覇達成。その翌週は地中海を越えてイスラエルのテルアビブへと向かった。コナーズがその決勝で迎えた相手は、左利きの地元選手Gilad Bloom。22歳だった当時の世界ランキングが181位だった彼は、1年後にキャリアハイの61位を記録する。


このBloomとの試合で、コナーズは第1セットを奪われ、第2セットも最初のサービスゲームをブレークされる。だが、コナーズはいつものようにそこから見事に立ち直り、2-6、6-2、6-1の逆転勝利で、109回目の優勝を果たした。敗れたBloomは数年後、New York Tennis Magazineの記事でこう振り返っている。「コナーズは戦術を完全に変えて僕のサーブを執拗に攻め始め、僕のファーストサーブでもネットに出てくるようになったんだ!これは彼の普段のプレーではなかったけど、僕を驚かせ、試合の流れを完全に変えてしまった。彼は単純にプレーのレベルを上げてきたんだ」


コナーズが打ち立てたこの最多優勝記録は、それから30年以上が経った現在も破られていない。2位につけるロジャー・フェデラー(スイス)はコナーズ以外で優勝回数が3桁の選手だが、その優勝回数は103回だ。


(テニスデイリー編集部)


※写真は1989年「全米オープン」でのコナーズ
(Photo by Simon Bruty/ALLSPORT)

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