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山本育史が明かす伝説の名器、プリンス『グラファイト』と新生『ファントムグラファイト』秘話

2020.10.16|17:00|投稿者: 岡田洋介
山本育史が明かす伝説の名器、プリンス『グラファイト』と新生『ファントムグラファイト』秘話

テニスラケットの世界には、時代ごとに名器と呼ばれる機種がいくつか存在する。1978年に発売されたプリンス『グラファイト』は、まさに憧れの1本だった。その『グラファイト』を手に全日本選手権など数々のビッグタイトルを手にしてきた山本育史に『グラファイト』への想い、そしてプリンス創業50周年の今年発売された最新モデル『ファントムグラファイト』について聞いた。

全中優勝後にいきなり渡された8本の『グラファイト90』

1970年代後半に世界初のラージサイズラケットを発売してデカラケ革命を起こしたプリンスが、同社のフラッグシップモデルとして1978年に発売したのが『グラファイト』シリーズだ。高純度炭素繊維「グラファイト」を100%使用した特別なスペックで、ダイワ精工株式会社(現在のグローブライド株式会社)が正規輸入を開始した当初の価格はなんと9万円。当時の一般プレーヤーにとっては高嶺の花だった。その名器『グラファイト』を手に、山本育史は1980年代後半のジュニア界を席巻した。

山本育史プロ

「プリンス『グラファイト』を使い始めて3、4カ月たったころには自分のラケットとして使いこなせるようになり、それからは手放せない存在でした」

――山本プロとプリンス『グラファイト』との出会いを教えてください。

「僕がこのラケットを使い始めたのは14歳です。中学2年で全国中学生に優勝したとき、当時練習していた桜田倶楽部の飯田藍先生が『そろそろラケットを替えましょう。先輩のお古だけど、これを使いなさい』と言って、ミッドサイズの『グラファイト90』をいきなり8本渡されたんです」

――その当時、『グラファイト90』は1本8万5000円でしたね。

「はい、それを8本。中古といっても2、3回しか使用していないような良い状態だったので、持っていて震えちゃいました」

――『グラファイト』を初めて使ったときの印象は?

「よくスピンがかかって振り抜きがいい、というのが第一印象でしたね。当時はラケットにあまりこだわりはなくて、2年おきにいろんなラケットを使っていたのですが、『グラファイト』はその後23歳のときまで約9年使いました」

――どんなショットを打つときに『グラファイト』の良さを感じましたか?

「角度をつけて短く打つアングルショットとネットに出てきた相手の頭を越すトップスピンロブがすごく打ちやすかったです。当時はトップスピンを打つジュニアの選手はまだ少ない時代でしたから、アングルショットとトップスピンロブを打つと相手選手は嫌がってましたね。『グラファイト』を使い始めてから、その2つのショットが僕の武器になりました」

――『グラファイト』は、なぜそんなにスピンがかけやすかったのですか?

「スピンをかけると通常のラケットはフレームが大きくねじれます。そのねじれがショットのブレにつながっちゃうんですけど、『グラファイト』はフレームのスロート部にあるクロスバーによってシャフト部のねじれ剛性が高められています。ねじれを抑えることでコントロール性が高まり、また、スピンをかけている感覚が手にダイレクトに伝わってくるので、とても扱いやすかったです」

『グラファイト』は自分の右腕のような存在だった

ジュニアテニス界の名門である桜田倶楽部の有望選手として認められ、その証としてプリンス『グラファイト』を与えられた山本は、翌年には全日本ジュニア16歳以下と全国中学生を制覇。さらに高校時代にはインターハイ(団体・個人単)、全日本ジュニア18歳以下などのビッグタイトルを次々と獲得していった。

グラファイト90

プリンス『グラファイト90』は実際にはフェイス面積93平方インチ。他のミッドサイズに比べて38%大きなスイートスポットを持つといわれた

――『グラファイト』を使いこなすために自分で何かチューンナップしたのですか?

「ストロークを打つとき、僕はラケットの先端を使ってしっかり振り抜いて打ちたいので、そのために少しトップヘビーのラケットを選んでいました。また、手首を自由に使いたかったのでグリップサイズは2と1の間くらいのかなり細いグリップにしていました。当時はレザーグリップでしたが、僕は打感を手のひらで直に味わいたかったので、そのレザーを外してからキネシオテープを巻いて、その上にトーナグリップを巻いていました。おかげで他の選手に勝手にラケットを使われちゃうことはなかったですね。お前のは細くて痛いから使えない、とか言われて(笑)。

『グラファイト90』はストリングパターンが「14×16」と粗かったうえに、僕は細くてスピンのかけやすいストリングスを使っていたので、ラリー中にストリングスがよく切れました。ジュニアの遠征で南米に行ったときに1試合で8本切れたことがあったんです。それ以来、ラケットバッグには必ず8本ラケットを入れて試合に行っていました」

――『グラファイト』を約9年使ったという話でしたが、他のラケットに替えた理由は何だったのですか?

「肩をケガしたりして戦績が少し落ちたこともあり、23歳のときにプリンスの『マイケルチャングラファイト』という1インチロングのラケットを使い始めました。海外の選手と対戦したときにパワー不足を感じていたので、ボールのスピードをもっと出すためのラケット変更でもありましたね」

――その後もいろいろなラケットを使ってきたと思います。いま振り返って、プリンス『グラファイト』に対する想いは?

「相棒というか、自分の右腕のような存在だったと思っています。プロになってから、全日本プロ選手権(1990年、1991年)や全日本選手権(1991年、1992年)などの大きなタイトルを『グラファイト』で獲らせてもらいましたから。当時使っていたラケットは今も家にありますが、いつまでも大切にしておきたいラケットです」

伝説を継承した最新モデル『ファントムグラファイト』

プリンスは2020年に創業50周年を迎えた。その記念モデルとして満を持して登場したのが『ファントムグラファイト』だ。プリンスの最高峰モデルとして世界中のテニスプレーヤーを虜にした『グラファイト』の名を継承しつつ、最先端のハイブリッド素材「テキストリーム×トワロン」を搭載するなど現代テニスに対応すべく最新テクノロジーを集結して作られたというプリンス渾身の作だ。

山本育史プロ

「最新モデルの『ファントムグラファイト』には名器といわれた『グラファイト』の感覚も残っているので、『グラファイト』を長く使ってこられた方にもオススメです」

――長年『グラファイト』を愛用してきた山本プロにとって、新しい『ファントムグラファイト』はどんな印象ですか?

「これまでも、新機能を盛り込みつつ『グラファイト』の名を引き継いだモデルがいくつかありましたが、初代(1978年発売)や2代目(1985年発売)の『グラファイト』を長く愛用してきた人にとっては、打球感がちょっと違う、パートナーが変わってしまった、と思った人もいたようです。でも、この『ファントムグラファイト』は、愛着を抱いて長く使ってきた『グラファイト』の感覚を強く残しつつ、フラットドライブが主流の現代テニスに対応できるモデルになっていると思います。実際に『グラファイト』を使ってきた人がこのラケットに買い替えたという話も聞きます」

――現代テニスはより直線的なボールを打つようになってきたということですが、『ファントムグラファイト』はその攻撃的なプレースタイルにどのように対応しているのでしょうか?

「この『ファントムグラファイト』は、グリップ上部からフレームトップ部にかけて厚みを増していくフレーム形状(コンスタントテーパーシステム)になっていますから、ラケットの先端で打ってもパワーが出せます。先で打てばよくしなって遠心力も使えるので、スピードを出しつつスピンで落とすということが可能になります。

あとは当時の『グラファイト』に比べて、よく飛ぶな、と感じます。本来、反発力とコントロール力は相反する性能なのですが、この『ファントムグラファイト』は飛ぶけれどボールが左右にブレないからコントロールしやすい。それだけフレームの剛性が高まっているのだと思います」

――この『ファントムグラファイト』をオススメするユーザー層は?

「長年『グラファイト』を使ってきた人はもちろんですが、この『ファントムグラファイト』は打球が高めに飛び出してネットしにくく、しかもスピンがかかってコートに収まりやすいので、よりスピンをかけて打ちたいという人にぜひオススメしたいラケットです。フェイスサイズは107平方インチと100平方インチがありますが、どちらも重さが300g以上あるので、この重さを扱える人であれば、男性でも女性でも大丈夫です。また『ファントムグラファイト107』は面が大きくてラケットのブレが少ないので、ネットプレーの好きな方にぜひ試してほしいですね」

ファントムグラファイト107

ファントムグラファイト100


山本育史プロ

山本育史(やまもと・やすふみ)

1971年生まれ。静岡県出身。身長175cm、体重79kg。高校時代は増田健太郎、谷澤英彦とともに高校三羽ガラスと呼ばれ、注目を集める。堀越高校卒業後、1990年にプロ転向。1990、1991年全日本プロ選手権単優勝。1991、1992年全日本選手権単優勝。デ杯日本代表(1990~1995年)。グローブライド所属「プリンスプロフェッショナルプレーヤー」。


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岡田洋介
2020.10.16 17:00 投稿者:
岡田洋介
1968年、群馬県生まれ。出版社でスポーツ誌の編集職を経て独立。 スポーツライターとしてテニスのグランドスラム大会等の取材活動を行うほか、ゴルフ誌やランニング誌等に寄稿する。 2005年にテニスレッスン専門の動画配信サイト『テニスストリームTV(www.tennisstream.tv)』を立ち上げ、 テニス愛好者に役立つ上達情報を配信している。趣味の百名山登山は現在20座制覇! 【編集協力】『配球とコンビネーションで勝つテニスダブルス』(学研プラス)、『白木式コアトレ ベーシックメソッド』(学研プラス)

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