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ダブルス巧者の森崎可南子が教えてくれた「大学時代に学んだ大切なこと」と「プロになって学んだ大切なこと」

2020.09.04|17:00|投稿者: 岡田洋介
ダブルス巧者の森崎可南子が教えてくれた「大学時代に学んだ大切なこと」と「プロになって学んだ大切なこと」

森崎可南子はプロ転向後1年あまりでWTAダブルスランキングを600位台から200位台へと大幅にジャンプアップさせた注目度の高いプレーヤーだ。着実に成長を続ける森崎に、大学時代にダブルスのペアとパートナーシップを高めた方法や、プロになって意識が変わったきっかけなど、じっくりと話を聞いた。

2人でとことん話し合うことで一緒に成長できた

昨年の全日本選手権で2年ぶりに女子ダブルスを制した森崎可南子が、ダブルスで活躍できている要因として真っ先に挙げたのが、パートナーとのコミュニケーションだ。1対1で戦うシングルスと異なり、2対2のダブルスでは2人のコミュニケーションの良し悪しが勝敗を左右する大きな要素となる。試合が自分たちのペースで順調に流れているならともかく、相手ペースでゲームが進んでいる場面ではとりわけ重要だ。

森崎可南子選手

強力なフォアハンドストロークは森崎の一番の武器だ。「フォアで展開して相手を崩していくのが自分の強みです」

――相手に流れがある場面で、森崎選手はパートナーとどんなことを話すのですか?

「何気ないことですけど、たとえば自分のリターンミスが続いている場面なら、今日はリターンが調子悪いんだよね、と自分から話すようにしています」

――自分のミスで失点が続くと、パートナーに申し訳ない気持ちになって、なかなか話しかけにくいですよね。

「そうですね。でも、信頼関係のあるパートナーだったら、リターンが入らないならこうしたほうがいいんじゃない、と言ってくれると思うし、話せば自分も安心します。調子の悪いときこそ、自分から言うのがいいかなと思います」

森崎は「ジュニア時代はパートナー選びも楽しさ重視。この子と組んだら楽しいから組もう、みたいな感じだった」という。そんな彼女がパートナーと積極的に意見を言い合うことの大切さに気付いたのは大学時代だった。2015年に富士見ヶ丘高校から筑波大学に進学した森崎は、テニス部で1学年上の米原実令とダブルスペアを組んだ。その後、森崎は米原とのコンビでインカレ室内優勝(2016年)、インカレ優勝(2017年)、そして学生ペアとして22年ぶりとなる全日本選手権ダブルス優勝(2017年)を果たした。

――米原選手は1年先輩ですね。上下関係で気を遣ったりしましたか?

「組み始めたころはありましたけど、やっぱり(当時は)お互いにダブルスができていなかったので、これではダメだと思い、ここはこうしたほうがいいよね、と感じたことを話すようにしました。実令さんも話を聞いてくださったので、言いやすかったです。実令さんとは3年間ペアを組みました。そんなに長い期間組んだのは初めてでしたけど、本当にいつも話し合ってきたので、一緒に成長していけたのかなと思います」

プロにならないのはもったいない、と就活で毎回言われた

森崎は筑波大学卒業後の2019年4月に実業団テニスの強豪チーム橋本総業ホールディングス(以下橋本総業HD)の所属選手としてプロ活動をスタートさせた。学生時代にはインカレ、全日本に加えてITF大会でも3大会で優勝するなど、ダブルスではすでに日本のトップ選手として十分な実績をあげていた。しかし、小さい頃から憧れていたプロテニスプレーヤーの道を迷いなく選んだのかというと、そうではなかったと森崎は言う。

森崎可南子選手

「ダブルスのパートナーとはコミュニケーションをしっかりとるようにしています。テニスに関して、今はこうだったよね、とお互いに意見を言い合えるパートナーがいいですね」

――大学時代にはインカレで2連覇、さらに全日本タイトルも獲っています。それでもプロへの願望はなかった?

「小中学生のころは願望はあったと思いますけど、高校、大学に進むにつれて薄れていったという感じです。ダブルスでは戦績は残せているけど、シングルスではなかなか勝てませんでしたから。ここは日本だし、世界に出ていったらどうなるか分からないし、全然レベルが違うんだなと思って……」

――では一般企業の就職活動をしたのですか?

「はい、大学3年のときに就活が始まってから会社の説明会にも行きましたし、私は金融関係の仕事に進みたいと思っていたので、金融会社の方たちと会ったりしました」

――就職からプロへと気持ちが変わったのはなぜ?

「就職活動中に会社の方たちと話をするようになって、これだけ実力あるのに(プロにならないのは)もったいないよ、と毎回のように必ず言われました。仕事は年をとってからでもできるけどスポーツ選手を現役でやれるのは今だけだよ、と。それで、確かにそうかもしれないと思うようになり、全日本で優勝できたし、もう少しチャレンジしてみたいな、という気持ちが芽生えてきました」

そんな紆余曲折を経てプロ転向を決意した森崎は、大学卒業後に日本テニス協会にプロ登録申請を提出し、2019年5月、晴れてプロテニスプレーヤーとなった。

所属チームの先輩たちから学んだ1球にかけるプロ意識

プロ転向後、下部ツアーのITF大会が主戦場となった森崎は、ダブルスでは順調に優勝を重ね、世界ランキングを上げていった。さらに11月の全日本選手権では米原とのペアで2度目のダブルス優勝を果たす。それでも、森崎自身はプロになっても気分的にはしばらくは学生テニスの延長だったと振り返る。「大会はそれまで以上に多く出るようになりましたけど、生活は学生のころとあまり変わらないな、と感じていました」(森崎)。

そんな彼女がプロ意識に目覚めるきっかけとなったのが、今年2月に行われた豪州遠征だったという。その直前の日本リーグ決勝トーナメントで、大会3連覇をかけて臨んだ橋本総業HDは準決勝で明治安田生命に1-2で敗れていた。シングルス1勝1敗で迎えた最終ダブルス戦、森崎は山口芽生と組んで大一番に臨み、そして10ポイントタイブレーク制の最終セットを落として悔し涙を流した。

森崎可南子選手

「今の課題はサーブ。トスが全然上がらなくなった時期があって、それから不安があったんですけど、サーブで崩してフォアで展開していけるよう強化していきたいです」

――日本リーグでの敗戦は相当ショックだったのでは?

「はい、やっぱり優勝しなければいけない、という気持ちもあったし、私たちがチームの負けを決めてしまったので、相当ショックでした」

――日本リーグで悔しい思いをして、そのすぐ後に豪州遠征だったのですね。豪州のどこに行ったのですか?

「パースで行われる2大会に同じ橋本総業HDの瀬間(詠里花)選手と秋田(史帆)選手と一緒に回らせてもらいました。私は瀬間選手と組んだダブルスで2週連続優勝できたんですけど、その大会での2人の姿勢にすごく感動しました」

――具体的にはどんな部分ですか?

「プレー中の1球1球にかける熱い気持ち、勝ちに対するこだわりがすごくかっこいいな、と。2人と話をさせてもらって、私は考え方がまだまだ甘かったんだなと気付きました。なので、本当に最近なんですね、プロと学生の意識の違いに気付いたのは」

――最後に、森崎選手のこれからの目標を聞かせてください。

「(新型コロナウイルスの影響によるツアー中断後は)いきなり結果を出せと言われても試合勘も鈍っているし難しいとは思いますが、その中で精一杯できたらいいな、と思います。そして目標はグランドスラムに単複で出場することです。グランドスラムに出て、その場の雰囲気を味わいたい。出場してみなければそこから先に何があるか分からないですから、まずはグランドスラムを目指していきたいです」


森崎可南子選手

森崎可南子(もりさき・かなこ)

1996年生まれ。茨城県出身。2017年全日本選手権単ベスト4、複優勝。2019年全日本選手権単ベスト4、複優勝。2020年ITFパース大会(1・2)複優勝。橋本総業ホールディングス所属。世界ランク単706位、複203位(2020年8月17日付)。生涯獲得賞金額(単複合計)2万5022ドル。


森崎可南子選手の愛用ラケット

ヨネックス 「Vコア」

「このラケットは弾きがよくて気に入っています。ボールをつかむ感じが好きな人は同じヨネックスのEゾーン、パンと弾きたい人はVコアがオススメです」(森崎)

ヨネックス 「Vコア」

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岡田洋介
2020.09.04 17:00 投稿者:
岡田洋介
1968年、群馬県生まれ。出版社でスポーツ誌の編集職を経て独立。 スポーツライターとしてテニスのグランドスラム大会等の取材活動を行うほか、ゴルフ誌やランニング誌等に寄稿する。 2005年にテニスレッスン専門の動画配信サイト『テニスストリームTV(www.tennisstream.tv)』を立ち上げ、 テニス愛好者に役立つ上達情報を配信している。趣味の百名山登山は現在20座制覇! 【編集協力】『配球とコンビネーションで勝つテニスダブルス』(学研プラス)、『白木式コアトレ ベーシックメソッド』(学研プラス)

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